3(N.side)
「ながのくん、もぉ、よしくん学校行きたくない…」
そう言って、いつも俺に抱きついてきたよっちゃん。
泣きべそをかきながら、「みんなしゃべってくれない」と言っていた。
よっちゃんは、生まれたときから心臓がすごく弱くて。
学校でも、外で遊んだり、体育の授業を受けることは許していなかった。
小さい頃は特に、みんなで外で遊ぶから。
よっちゃんは、その輪に入れなかったんだ。
それ以降も、よっちゃんは学校で一人ぼっちだったようで。
中学に上がっても、高校に上がっても、よっちゃんの口から「友達と何かした」、という話は聞いたことがなかった。
それ以下か、よっちゃんは、学校に行っても授業はあまり出なくなったという。
よっちゃんから、「最近授業に出ていない」と聞いたとき、正直俺は「ちゃんと出なさい」と叱ることができなかった。
その話を打ち明けたとき、よっちゃんはすごく辛そうな顔をしていたから。
ただサボっているだけじゃなくて、クラスの子たちとも先生たちとも上手くいかないんだって、わかったから。
よっちゃんは今も、「坂本くん」の授業くらいしか真面目に出ていないらしい。
よっちゃんのことを唯一正面から見てくれて、よっちゃんが授業中発作を起こしたとき、必死に助けてくれた、先生。
すごく良い先生なんだ、とよっちゃんは嬉しそうに言っていた。
「長野君」
よっちゃんを診察室から見送った後ぼーっとしていると、独特の優しい関西弁に声をかけられた。
「今の、井ノ原やったっけ? 大きなったなあ」
前見たのが昔過ぎだったからやろか、と。
俺と同じ科の医師・城島くんは笑った。
城島くんは俺の少し先輩だ。松岡の担当医で、よっちゃんとも何度か会ったことはある。
「松岡にも友達出来たんやなぁ。しかもそれが井ノ原なんて、偶然とは思えへんな」
松岡も心臓が弱かったから、よっちゃんと同じような経験をしてきたのだろう。
そんな2人が仲良くなれて、良かったと思う。
「最近井ノ原、調子はどうなん?」
笑顔から医師の目に戻って、城島くんは言った。
二十歳まで生きられないと宣告せざるをえなかった、よっちゃん。
18歳の今、心臓は弱る一方だった。
「…うん、あんまり調子は良くないんだけどねぇ」
今日のよっちゃんには、そんなこと言えなかったよ。
あんなに嬉しそうに笑うよっちゃん、久しぶりに見たから。
…せっかくの幸せを、踏みにじるようなこと出来ないでしょ?
俺は歯を食いしばり笑って見せた。
…上手く笑えてなかっただろうけど。
城島くんは「せやな」、と頷いて。
「親御さんは? 連絡とってるんか?」
いや、と俺は首を横に振る。
「医療費は十分出してくれるんだけど…。全然、親子でコミュニケーションとってないみたいだし、俺もずっと会ってないよ」
一日中仕事や遊びで、夜遅くに帰ってきて、すぐにまた家を出て。
食事はコンビニで買うか、自分で簡単なものを作るしかないんだ、と。
よっちゃんは前、苦笑いしながら俺に言っていた。
「もっと、俺が何とかしてやれれば良いんだけど…」
そうもいかなくて。
「お前には他にもたくさん患者さんいるしなあ」
城島くんはうーん、と唸ったが、でも、と笑顔を見せた。
「松岡が友達になれて、良かったなあ」
松岡も学校じゃ浮いてたみたいやから。
そうだね、と俺は頷いた。
窓を開けて、涼しい風を浴びる。
青い空に、白い雲が浮かんでいる。
窓を覗く太陽は、強い光を放って俺達を照らしていた。