2(I.side)
オレは生まれつき、心臓に爆弾を抱えていた。
走って運動したり、体調を崩したりすると、すぐに薬を飲み、呼吸困難を抑えなければならなかった。
だから、体育の授業は出られない。
運動会もやることがなく、いつも日陰で座らされていた。
途中で勝手に帰っちゃってもバレないような感じで。
クラスメイトたちとも馴染めないし、つまらなくて、
いつしかオレは、授業にもあまり出ないようになっていた。
「…はい、吸ってー、吐いてー…うん、いいよ」
週1度の定期検診。
Yシャツのボタンを閉めていると、カルテに何か書き込みながら、担当医の長野くんがニコニコして言った。
「なんか良いことあったの、よっちゃん?」
今日はなんか嬉しそうvなんて。
「…なんで?」
一瞬戸惑ったが、何でもないかのように聞き返すと、長野くんは悪戯っぽく笑い。
「よっちゃん診察室入ってきたとき、楽しそうだったから」
いつもはブスーッとしてるのに。
学校行きたくないって顔してたのに、今日は全然違うねー♪
そう長野くんに言われ、オレは頬が赤らむのを感じた。
あぁもう、なんでオレはすぐ、顔に出ちゃうんだろう。
恥ずかしかったけど元から長野君には言おうと思ってたし、とオレは口を開いた。
「…友達が、出来た」
思わず、泣きそうな声になる。
嬉しいよ、すごく。
生まれて、初めてだから。
今日逢ったばかりなのに、2人ならなんにも心配ねえって思えるヤツが、出来たんだ。
しみじみと俯いていると、そっと頭に手が乗せられた。
「…よかったね、よっちゃん」
不意に、長野くんの目を見つめる。
長野くんは、優しく笑って見せてくれた。
「どんな子?」
続けて長野くんは聞く。
どんな子、か…。
身体でかくて、声もでかくて…
だけど心臓は弱い。小さい頃手術して、軽く走ることが出来るくらいらしい。
「スゲー、オレと似てるヤツ」
性格や顔は似てないけど。
置かれてる状況がね。
すると長野くんは、少し眉を潜め言った。
「それって、もしかして松岡?」
…え。
オレ名前、言ってないよねえ?
「長野くん、知ってるの?」
言っていないのに普通に名前を当てられて、オレは動揺した。
「知ってる、ていうか、会ったこともあるよ。松岡がすごく小さい頃に、1、2回程度だけど」
何、今はよっちゃんより大きくなっちゃった訳? アイツ…。
同じ学校だったんだね、と長野くんは微笑んだ。
なにこれ、ホント、運命ってやつじゃん。
処方箋を受け取って、病院を出た。
そのまま近所の薬局に向かう。
今日も快晴。
雲一つない空に、太陽が強い存在感を醸し出す。
オレは人混みの中に、紛れ、歩く。
また薬増やされた。
薬剤師に笑顔で渡された封筒を覗き、気分が沈む。
ただでさえ発作多くてその度に薬飲んでるのに、
それに加え朝昼晩て。
長野くんヒドイよー、と嘆きつつ、しっかり薬を受け取った。
「ただいま…」
誰もいない廊下に、オレの声が響く。
ドアがガチャリ、と閉まって、家の中がシンと静まり返る。
オレはそそくさと階段を上り、部屋に入ってバックを乱暴に床に落とした。
そしてドッシリと、ベッドに腰をかける。
ベッドの横に置かれた机には、10年以上前に旅行先で撮った家族写真が置いてあった。
最初で…おそらく最後になる、家族写真。
慣れていた。
帰ってきて、誰も迎えてくれないのは、昔からだった。
この旅行の後すぐに倒れたオレの看病に、両親は疲れたんだ。
そのときから、ずっと。
午前2時頃に帰ってきて、酒を飲み、着替えてまた出掛けていく両親の立てる音を、毎日のように聞いて。
オレはずっと、部屋にこもったままで。
何も困ることはないと、自分に言い聞かせて過ごしてきた。
最近両親の顔をちゃんと見ていない。
共働きだし、両方家に帰ってこないことが多い。
それに、金儲けと酒にしか興味がなくて、顔を見れば殴ってくるような両親なんて。
いなくても、構わないはずなんだ。
でも、
寂しかった。
発作が起きて苦しくても、周りには誰もいなかった。
家には金だけたんとあって、
愛情なんて、カケラもなかった。
両親にとっても、クラスメイトにとっても、
オレはいなくても良いような存在だった。
でも、今日。
体育の授業は見学で、いつも通りオレは、屋上でサボっていた。
そしたら。
「俺、松岡昌宏」
クラスの奴らみたいに、気を使ってきたり、
よそよそしい態度を見せたりしないヤツに、出逢った。
おまけに松岡も心臓が弱いと言う。
まだ、出逢ってまもないけれど。
こいつとなら、ずっと一緒にいられるって思えるんだ。
なにがあっても、怖くないって。
自分の存在を、認められたんだ。