1(M.side)
着替え終わった最後の一人が、教室を出ていく。
俺は教室で一人、はぁーっとため息を吐いた。
ふと窓を開けてみると、校庭からホイッスルとクラスメイトたちの声が聞こえてくる。
今日の体育はB組と合同なのか。
声の量が多いわけだ。
「さーて」
俺は屋上にでも行きますか。
両手をズボンのポケットに突っ込んで、教室から出た。
ガッ…タン
重いドアを押し開け、広がる快晴。
俺は少し明るい気分で、フェンスの手前まで歩いた。
「…あれ」
向かった先には、先客がいた。
さっきまでは死角になって見えなかったが、そこには制服姿の、ヒョロッとした男子が座っていた。
「…ども」
ソイツは俺の声に気づくと、小さく会釈をしてきた。
…目、細いな。
思わず零すと、ソイツは「うるせぇ」と反発して、少し笑って。
ますます目を細めて、最初の警戒心剥き出しな態度と一転したその笑顔に、俺はホッとしてソイツの横に座った。
「お前、名前は?」
井ノ原快彦、とぶっきらぼうに答えられる。
井ノ原、イノハラ…、うん、イノでいいや。
「イノね。俺、松岡昌宏。3年A組」
お前は、ともう一度聞くと、イノはB組と答え。
「え、じゃあお前隣の教室なの?」
俺はビックリして、素っ頓狂な声を出してしまった。
全然イノのこと知らなかった。
体育とか俺やってないからかな?
なんて笑ったが、イノは真顔のまま。
「…知らない、か」
少し寂しそうに呟いて。
俺は焦って、話題を変えようと思った。
「そういやお前、こんなとこで何やってんの?」
イノは少し眉を潜めたが、すぐ元の顔に戻り、言った。
「…サボり、ってとこかな。まあ、ホント言うと体育出られねぇからここにいるんだけど」
その言葉に、引っ掛かった。
イノはそっと自分の胸に手を当てて。
「20歳まで、生きらんねぇの、オレ」
心臓がさ、いつ止まってもおかしくないんだ。
これは運命なのか。
必然だったみたいだ。
俺たちがここで出会うことは。
「…俺も、昔心臓病だった」
誰にも自分からは言ったことがなかったことを、俺は今日初めて会った奴に、気兼ねなく話した。
俺も生れつき心臓が悪くて。
歩きだしてもすぐしゃがみ込んでしまうような状態だった。
だけど、両親と担当医の協力あって、大きな手術を受けることができた。
そして、ここまででっかくなることもできて。
体育の授業や激しい運動をする以外は、軽く走ることも許してもらえた。
イノは真剣に、聞いてくれた。
話し終わると、イノは微笑んで。
「変なの、オレたち。今日会ったばっかなのに、まるで」
運命、と。
イノは言葉を止めたけれど、そう思っていた。
心臓が弱い俺。
もう20歳まで生きられないと言われた、イノ。
俺たちの出会いは、必然だった。