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「…准一!」
准一からの電話を受け、俺は急いで病院に駆け込んだ。
走って集中治療室へ向かうと、ガラス張りの壁をじっと見つめている准一がいた。
俺が声をかけると、准一は涙に濡れた目をこちらに向け、俺の手をギュッと握ってきた。
「どうしよう、まーくんっ…怖いよ」
チラッとICUの方を見ると、ガラスの向こうには寝かされた井ノ原と、懸命に動き回っている長野が見えた。
何も音は聞こえない。
ただ、井ノ原に繋がれた心電図が、チカチカと光っていた。
「…大丈夫、井ノ原は大丈夫だよ」
そっと准一の肩を撫で、俺はICUに近づいた。
「大丈夫、大丈夫」
自分に言い聞かせるように、呟いた。
井ノ原はそんな簡単に、俺たちの前からいなくなったりしないよ。
准一は、涙を拭ってうん、と頷いた。
どのくらい時間が過ぎたのか。
途中で剛と健も合流してしばらく経つと、静かにICUのドアが開いた。
「イノッチ…っ」
すぐにドアへ駆け寄ると、ストレッチャーに横になった井ノ原が連れられて出てきて、その後に続き長野も出てきた。
井ノ原はまだ眠っていて、何も声をかけられないまま看護婦に連れられていった。
そして長野は、とても疲れた顔をしていて。
俺たちが声をかけると、我に返ったような反応をし、俺たちに笑顔を向けた。
…口角が上げられているだけだったが。
「長野くん、イノッチは…?」
准一が不安げな目をして長野に言うと、長野は優しく准一と、健と剛の頭を撫でた。
「大丈夫、今は寝てるけど、すぐ目覚ますよ」
ちょっと調子悪かっただけだからね、と長野は微笑んで、准一たちに病室に行くよう言った。
「よっちゃんに付いててあげて」
すると3人は頷き、走って井ノ原の病室へ向かった。
3人がいなくなると、長野は深いため息を吐いた。
俺が黙っていると。
「…話が、あるんだ」
長野はそう呟いて、病室とは逆の方向へ歩き出した。
俺は長野に言われるまま、足速に行く長野に付いて行った。
人気のない、階段下に来て、長野は立ち止まり。
俯いて、俺に背を向けたまま、消え入りそうな声で言った。
「1ヶ月」
「…は?」
俺は拍子抜けした返事を返してしまった。
全く話が読めない。
すると長野はこちらを向いて顔を上げ、目を潤ませて言った。
「もう1ヶ月持たない…」
…え?
長野は辛そうに唇を噛んで。
「よっちゃんを、治せなかった…」
助けられなかった、と吐いて。
頬に涙を伝わせた。
それは、違うよ。
「長野は、十分井ノ原のこと助けてたよ」
搾り出すように、俺は言った。
長い間、ずっと井ノ原のこと治療してきたんだろ。
そんなに疲れるまで、井ノ原のこと助けたいって、思い続けたんだろ。
…それなら、チガウよ。
長野のせいじゃない。
井ノ原が治らないのは。
「運命、なんだよ」
苦しかった。
辛かった。
自分で言ったけど、信じたくなかった。
…だけど、そう思うしかないと思った。
運命なんだ。
…仕方ない、ことなんだよ。
誰も悪くない。
何も悪くないんだ。
…神様が、少しイジワルだったんだ。