SHINING SMILE 7
 
 
 
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もう時刻は夜の9時を過ぎていて。
 
俺が家に帰ると、准一はすでに夕食を済ませていた。
 
 
 
 
 
「おかえり、まーくん」
 
「ただいま」
 
准一はリビングで学校の宿題をやっていて、俺の顔を見るわけでもなく言った。
 
「病院行ってたの?」
 
俺が服を着替えながら「あぁ」と呟くと。
 
 
 
 
 
 
 
 
「イノッチ元気だった?」
 
 
と准一は言った。
俺は一瞬躊躇ったが、准一も関係あるのだから、今日あったことを全て話そうと思った。
 
 
 
 
 
 
「井ノ原が、病院を抜け出したんだ」
 
 
 
 
 
 
 
准一は、シャーペンを持っていた手を止め、目を見開いて俺を見た。
 
「抜け出したって…は? どういうこと?」
 
 
俺は全てを話した。
 
井ノ原の病気が悪化し、屋上に行かせることができなくなったこと。
 
それを聞いて、井ノ原は病院を抜け出し、俺は井ノ原を探したこと。
 
 
 
…そして、井ノ原は結核だということ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
准一は、俺の目を見て黙って聞いていた。そして、井ノ原の病気を知ると、寂しそうに言った。
 
「イノッチ、ずっと笑ってたのに。…もうちょっとで退院できると思ってたのに…..」
 
俺が何も答えないでいると、いやだよぉ、と准一は鼻を啜った。
 
俺はどうすることも出来ず、准一の背中をそっと撫でた。
 
 
 
 
 
「剛と健にも、言わなきゃな」
 
 
 
俺が小さく言うと、准一はうん、と目をこすりながら頷いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
次の日。
俺は店を開ける前に病院に向かった。
井ノ原の病室をノックすると、ドアはすぐに開いて、目の前には長野が立っていた。
長野は一瞬顔をしかめたが、すぐに中に入れてくれた。
 
ベットを見ると、井ノ原は少し赤い顔をして眠っていた。
 
「…井ノ原、どうした?」
 
長野に聞くと、長野は呆れたようにため息を吐き。
 
「見ての通り、熱絶好調です」
 
39度近くあると、長野は怒りとも悲しみとも取れない口調で言った。
 
「…井ノ原、大丈夫なのか」
 
俺が言うと、長野は鼻で笑って言った。
 
「大丈夫も何も、絶対安静だね。…病気も悪くなる一方だよ」
 
長野は井ノ原の顔をちらりと見ると、足早に病室を出ていった。
 
 
 
 
 
 
 
----------病室を出たときに見えた長野の横顔は、今にも泣きそうな顔をしていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
井ノ原はまだ起きる様子がない。
俺はそっとベッドの横の椅子に座った。
 
 
「井ノ原…」
 
点滴に繋がれている井ノ原の手を、軽く握った。
井ノ原の手の平は熱く、少し汗ばんでいた。
 
そしてよく見ると、井ノ原の指の爪は凸凹としていて、噛んだ跡があった。
 
 
 
 
 
 
 
爪を噛むのは、寂しいからだとよく聞く。
 
 
「お前も寂しいんだな…」
 
 
凸凹な爪を撫でながら、苦笑した。
 
 
 
 
 
 
すると、病院には相応しくないような大きな足音が外から聞こえ、ガラッと勢いよくドアが開いた。
 
 
 
 
 
 
「井ノ原くんっっ!」
 
 
 
 
 
 
 
入ってきたのは准一と剛と健で、3人共息を切らしながら険しい目つきをした。
 
「っ、まーくん! イノッチはっ!?」
「大丈夫なの?!」
 
大声で言う3人に、俺は焦った。
 
「大丈夫だからっ…静かにしろ、起きちゃうだろ」
 
言うと3人はハッとして口を閉じた。
一瞬起きるかと思い井ノ原を見たが、今だ井ノ原は起きる様子がなかった。
3人は俺の隣に静かに椅子を並べ、座って息を整えた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「…准から、聞いた」
 
健が今にも泣きそうな声で言った。
 
「井ノ原くんが、結核に、かかってるって」
 
 
3人とも辛そうに顔を歪ませて、俯いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「……オレ、井ノ原くんの笑顔、嫌いって言ったままだ」
 
 
 
 
 
 
 
 
剛が呟いた。
初めて聞いたその話に、俺と准一と健は、目を見開いた。
 
「笑顔嫌いって…。お前そんなこと言ったのかよ?」
「だって井ノ原くんっ…ずっと苦しそうに笑ってたからっ…」
 
剛は俯いたまま、涙声で言った。
 
「井ノ原くんのっ…あんな笑顔、ホントの笑顔じゃないっ…」
 
「剛…」
 
「あの笑顔はっ…幸せそうには見えなかった」
 
健がそっと剛の背中を撫でた。
 
 
「オレっ…井ノ原くんのあんな笑顔っ、嫌いだっ」
 
 
 
 
「でもそんな風に嫌いだなんて言うことないだろ!?」
 
俺は勢いよく立ち上がった。
 
 
井ノ原は俺たちに心配をかけないように笑っていた。
 
発作が起きて苦しくても、辛くても、
 
 
俺たちに安心させるように笑っていた。
 
 
 
 
 
 
 
だけど。
 
 
その井ノ原の想いまで「嫌い」なんて言ったら。
 
 
 
 
 
 
 
 
「井ノ原はっ! 俺たちのこと想って笑ってたんだぞ?」
 
「オレたちのこと想ってるんならもっと自分を出せばいいじゃないかっ!」
 
 
「ちょっと2人ともっ!」
 
 
 
 
 
准一の声で、やっと怒鳴り合っていることに気づいた。
焦って井ノ原を見ると、井ノ原は少し寝返りをうち、微かに目を開けた。
 
「井ノ原…」
 
すると剛は、乱暴に涙を拭い走って病室を出て行ってしまった。
 
 
 
 
 
 
「剛っ…」
 
健が追いかけようとすると、准一は健の腕を掴んで顔をしかめた。
 
「今は1人にしてあげよう?」
そう言って椅子に座り、健にも座らせた。
 
 
「…まーくんも」
 
准一は俺を睨み、俺の袖を引っ張った。
 
 
俺は力無くため息をついて、椅子に座った。
 
すると井ノ原が、ふにゃんと微笑み、手を伸ばして俺の手を握った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ちょっと寂しそうな、
 
 
だけど嬉しそうな、
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
笑顔で。
 
 
 
 
 
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