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そしてとうとう、准一が退院することになった。
「長野せんせー、お世話になりました」
「いえいえ」
准一がお辞儀すると、長野は笑ってお辞儀した。
「ありがとな、長野」
俺が軽く微笑むと、奥から井ノ原が言った。
「2人とも、また遊びに来てね!」
すると准一は、「うん!」と元気良く頷いた。
「でも、もう怪我では来ちゃダメだよ」
長野が付け足すように言うと、准一は「もちろん」という風に、ニッコリ笑った。
「また剛と健も連れて来てね」
井ノ原が言った後、俺と准一は病院を去った。
それからしばらく経ったある日。
「井ノ原くーん…」
「あれ、健!」
個室の病室になった井ノ原のところに、健1人だけが訪ねて来た。
「わー来てくれたんだ。今日は健1人なの?」
「うん。剛と准は後から来る…」
健は照れたように言った。
その姿がなんだか可愛くて、井ノ原はニコニコして言った。
「健ちゃん、かわいい♪」
すると健は眉にシワを寄せて、
「健ちゃんって言うな!」
と顔を赤くして言った。
井ノ原はまたそれをかわいいと思ってしまいアハハ♪と笑った。
井ノ原が笑っていると、三宅は嬉しそうに笑って言った。
「井ノ原君って、いっつも笑ってるね!」
「えっ…」
「井ノ原君、いっつも楽しそうだよ。幸せそうっていうか…」
羨ましいな、と健は笑った。すると、井ノ原はニッコリ笑って答えた。
「もちろん、幸せだよ~♪ 皆優しいし☆」
井ノ原はニッコリ笑ってた。
「ウ~ン剛と准遅いなぁ」
健が時計を見て呟いた。
「早く来ないかなぁ」
健が心細そうに言うと、井ノ原が言った。
「健にとって、剛と准ちゃんはどんな存在?」
井ノ原の急な質問に、健は驚いた。
「…なに? 急に…」
「…いや、なんか思ったから」
健は答えた。
「…剛と准は、大事な友達だよ」
当たり前じゃん、と健は笑った。
「そっか」
井ノ原が笑うと、健は加えて言った。
「井ノ原君も、だーいじな友達だよ?」
「え?」
「井ノ原君も、坂本君も、長野君も。大事な友達!」
「健ちゃん…大好き!」
井ノ原はとても嬉しそうに笑って、健に飛びついた。
「健ちゃんって言うなっつーの!」
健はそう言いながら、楽しそうに笑っていた。
「おーい井ノ原く~ん」
しばらく経つと、入口から剛と准一が顔を覗かせた。
「あー! もう、剛も准も遅いよぉ」
健が頬を膨らませて言うと、2人はゴメン、ゴメンと言いながら健が座っている椅子の隣に座った。
「イノッチ個室に移ったんだね」
准一が言うと、井ノ原はつまらなそうに言った。
「そうなんだよ~! しゃべる相手いないから、すっごい退屈ぅ~」
「井ノ原君が煩いから移されたんじゃないの~?」
「あっ、健ちゃんひどーい!」
健がふざけて言うと、井ノ原は泣きまねをして「よっちゃん悲しい…」と言っていじけて見せた。それを見て、3人はますます笑った。
「イノッチ、今日は屋上行かないの?」
イノッチというのは、准一が井ノ原につけたあだ名だ。
准一が言うと、井ノ原はパアッと目を輝かせた。
「お! 行く? そーいや3人は全然オレの歌聞いたことないでしょ」
「オレの素晴らしい歌聞きたい?」と井ノ原は笑い、3人とともに屋上へ向かった。
屋上に着くと、井ノ原はベンチに座り、優しくギターを弾き始めた。そして、いつもの歌を歌った。
剛たち3人は、静かに井ノ原の歌を聴いた。
「オレ、イノッチの歌、好きだよ」
准一が、井ノ原の隣に座り言った。
「ありがと、准ちゃん」
井ノ原はギターを弾きながら、ニッコリ笑って言った。
それからも、准一、健、剛は、学校が終わると病院に通った。その度に井ノ原はとても喜んで、3人の話を楽しそうに聞いていた。
ある日。
「よっ!」
その日は、剛が1人で来た。
「おぉ~。剛! 今日は1人なんだ~」
「まぁね」
剛は井ノ原のベッドの脇の椅子に座った。
「さっき坂本君も来てさ~。屋上もう行っちゃったんだよね。ごめんね~」
井ノ原は悪戯っぽく笑った。剛は目を逸らし、「べつに」と素っ気なく言った。
それからしばらく、剛の学校の話や、井ノ原の話をしていたが、剛が突然言った。
「あのさ、」
「うん?」
「井ノ原君の笑顔は、ホントの笑顔?」
「……え?」
突然のことで、井ノ原は少し困惑した。
剛は井ノ原の目を見て続ける。
「井ノ原君、ホントに幸せなの?」
「……何言ってんの?」
「そんな風に笑って。他の感情はねーの?」
「……」
井ノ原は俯いた。
「井ノ原君って、いっつも笑ってるけど。たまには、泣いたり、怒ったりすんじゃん? そーいう感情をさ、もっと表に出してもいいんじゃないの?」
室内がしん、と静まりかえった。
「…わりぃ。俺やっぱ、帰るね」
剛は椅子から立ち上がり、病室のドアに手をかけた。
「剛」
井ノ原が顔を上げて言った。
「サンキュー…な」
井ノ原は笑ってみせた。しかしそれは、どこか寂しそうな、無理してるような笑顔で、剛は見ていられなかった。
「井ノ原君の笑顔、嫌い」
剛は言って、外に出た。井ノ原の止める声がしたが、無視してドアを閉めた。
井ノ原君は今、どんな顔しているだろう。
困った顔して、笑ってる?
無理矢理笑顔、作ってる?
…だけどオレは、井ノ原君のそんな笑顔は見たくない。
そんな笑顔、大嫌い。
バカみたいに、スッゴく嬉しそうな井ノ原君の笑顔が見たい。
…最近の井ノ原君、
無理して笑ってばっかだよ。