SHINING SMILE 2

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それから俺は、毎日のように病院に通った。もちろん准一の見舞いなのだが、井ノ原に会いに行きたいというのもあった。いくたびに、井ノ原は屋上にいた。病室のベットで寝ていることなんて、ほとんどなかった。

 

 

 

 

今日も俺は、准一と少し話してから、屋上に行った。

 

 

 

屋上に行くと、井ノ原はやはりベンチで歌っていた。

 

 

 

「井ノ原」

 

 

 

 

俺が呼ぶと、井ノ原は振り返って嬉しそうに笑った。

 

「今日も来てくれたんだ」

 

俺はいつものように、井ノ原の隣に座って、井ノ原の歌を聴く。

 

 

 

 

-遠いところまで ぼくたちはやってきた 

 

泣いて 笑って 笑って 泣いて

 

それでも笑って僕は言うだろう

 

「遠いところまでやってきたのだ」と-

 

 

 

 

「井ノ原」

 

井ノ原の歌を遮る。

 

「なに?」

 

井ノ原は相変わらず笑顔を向ける。

 

「お前いっつもここにいるけど、ベットで寝てなくて大丈夫なのか?」

 

日頃から思っていた事を聞いてみた。すると井ノ原は、少し困ったように笑った。

 

「大丈夫だよ」

 

井ノ原はまたギターを弾き始める。

 

「長野君と、『ここで歌っていいのは1時間』って約束してるから」

 

井ノ原はもう、ちゃんとした笑顔になっていた。

 

「歌うのも、ギター弾くのも、大好きだから」

 

井ノ原が空を仰ぐ。

 

 

 

 

 

 

「ずっと、こうしていられたらいいのに」

 

 

 

 

 

 

 

…は?」

 

 

 

 

 

「ずっとこうして、歌ってたいのに…」

 

 

 

 

 

井ノ原の声が小さくなった。井ノ原を見ると、井ノ原は俯いて、微かにギターを弾いていた。少し長めの前髪のせいで、表情は見えなかった。逆にそれが、俺の胸を締め付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらく経つと、長野が井ノ原を呼びに来た。もう1時間経ったよ、と言って、長野は井ノ原を病室に行かせた。今日は、長野は井ノ原と一緒に行かず、屋上に残った。

 

 

 

 

 

「いつも来てくれて嬉しいって、前よっちゃんが言ってたよ」

 

井ノ原が座っていた場所に、長野が座って言った。

 

 

 

「坂本君も、よっちゃんの歌、好き?」

 

「あぁ」

 

 

井ノ原の優しい歌声が、俺は好きだった。

 

「俺もよっちゃんの歌、大好き」

 

長野はそう言って、黙った。口元には微かな笑みを浮かべていた。だけど、それは本当の笑顔に見えなかった。どこか、無理して笑っているように見えた。

 

 

 

 

 

 

「井ノ原の病気って、悪いのか」

 

俺は思い切って聞いてみた。

すると長野は、また口元だけで笑って、立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

「よっちゃん、初めて会った時はすごく静かだったんだよ」

 

長野はフェンスに寄り掛かり、笑顔のまま話した。

 

 

「いつも掛け布団握り締めててさ。俺が笑って話し掛けても、新しい同室の患者さんが挨拶してきても、顔強張らせて、掛け布団ギュッと握り締めてるの。話す時はずっと俯いてて、話し終わるとホッとしたように掛け布団から手を解くの」

 

 

 

 

いつもの井ノ原からは想像できないような話だ。俺は少し困惑していたが、長野は気にせず続けた。

 

 

「だけどある日、病室見たらよっちゃんがいなくて。焦って色々探したら、屋上にいたの。何処で手に入れたか知らないけど、ギター弾いて、歌ってた。すっごく綺麗な声でさ、感動しちゃった。その後歌い終わって病室戻ろうとしたのか、こっち振り向いてね、俺に気づいたの。そしたら、すごくびっくりした顔して、恥ずかしそうに俯いて。どうすれば良いのかわかんなかったみたいだったから、俺が『すごく良かったよ』って言ったの。そしたら、よっちゃん、ちょっとびっくりした後、すーっごく嬉しそうな顔して、笑った。よっちゃんの笑顔見たのは、それが初めて。それ以来、よっちゃんは今みたいにたくさん話してくれるようになったんだ」

 

 

 

 

長野はそう言うと、ハァ、とため息をついた。

 

 

 

「これからも、歌わせてあげたいけど…」

 

 

 

長野は話すのをやめて、俺の方を向いて、「行こう」と言った。俺は少し驚いたが、言われるがままに長野と屋上を下りた。

 

 

病室に行くと、井ノ原はギターをベッドの横に置いて、ベッドに座り准一と話していた。准一ももう起き上がれるようになっていたから、2人でふざけ合っていた。すると長野が呆れたように笑って

 

「もー2人とも! まだ退院できないんだから大人しくしてなさい!」

 

長野はホラホラ、と言いながら准一と井ノ原をベッドに寝かせた。2人はブーブーと文句を言っていたが、准一はすぐに眠ってしまった。しかし井ノ原はしっかりと目を開けたまま、長野に話し掛けていた。井ノ原は元気そうにしていたが、会った頃より痩せたように見えた。

 

やはり、重い病気なのだろうか。

長野は答えなかったけど…。

 

 

 

 

 

 

「これからも、歌わせてあげたいけど…」

 

 

 

 

 

 

 

長野はそう言っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ずっとこうしていられたらいいのに。ずっと歌ってたいのに…」

 

 

 

 

 

井ノ原が言っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

治らない。

 

 

 

 

そういうことか?

 

 

 

 

井ノ原の願いは

 

 

 

 

長野の願いは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

叶わないのか?

 

 

 

 

 

 

 

なぁ。

 

 

 

 

 

 

 

ならどうして、そういう風に笑う?

 

 

 

井ノ原も、長野も。

 

 

 

 

もっと他の感情、出せねえのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

怒ったり。泣いたり。

 

 

弱音、吐いたりさ。

 

 

 

 

 

 

相変わらず2人は、ニコニコ笑って話している。

 

 

すると、一人で突っ立ていた俺に気づいた井ノ原が、「坂本君」と笑顔で呼んだ。

井ノ原は、楽しそうに長野と俺にしゃべる。その笑顔を見ていると、どんなに深刻なことを考えていても、つられて笑顔になってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんでもないような顔してんじゃねーよ。

 

 

 

 

ばーか。


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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