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「よ、長野」
久しぶりに行った、長野が勤めている病院。長野は振り向くと、少しびっくりしたような顔をして、「久しぶり」と笑った。
俺と長野は病院の屋上に行ってみた。あの時と変わらず、ぽつんと一つある、白いベンチ。
--------いつもギターを持って、そのベンチに座って歌っていたアイツ。
「もう二年にもなるんだね」
長野が静かに言った。
「二年、かぁ…」
しみじみと思い出す。
22歳で死んだ、井ノ原快彦という男のことを。
三年前。
俺の弟、准一が、事故に遭い病院に運ばれた。命に別状はなかったが、二ヶ月の入院が必要だった。俺達は兄弟二人の家族だったから、俺は出来る限り見舞いに出向いた。
「准一」
俺が病室の入口から声をかけると、怪我で起き上がれない准一は目でこちらをチラリと見て、嬉しそうに笑った。
「全く、お前は18にもなって何やってんだよ」
俺が呆れ顔で言うと、准一はぶぅーと膨れながらも「ごめんなさーい」と棒読みで言った。
「お兄さん、もっと労ってあげたらどうですかぁ?」
「え、」と振り向くと、そこには懐かしい顔があった。
「久しぶり、坂本君」
「長野…」
長野は高校まで仲良くしていた、唯一の友達だった。大学は別々だったから、全然会っていなかった。
「夢、叶えたんだな」
俺が笑うと、長野は少しツンとして、「当たり前でしょ」と言った。
「坂本君は? 両親の後継いだんでしょ」
「まあな」
俺の両親は食堂やってたから、俺はその後を継いで、弟も食堂を手伝っているのだ。
長野は「昔から後継ぐって張り切ってたもんね」とからかうように笑って。
「そうそう、」と話を変えた。
「ちなみに、俺はこの部屋の患者さん担当だから」
そして、その部屋の患者を軽く紹介してくれた。
しかし、4つのベットのうち1つだけ、患者がいなかった。
長野は「また屋上かな~」と呆れたように言って、意味のわからない俺に「来る?」と微笑んで、俺を屋上に案内した。
屋上につくと、少し離れたベンチに、1人の男が座っていた。後ろ姿しか見えなかったが、どうやらギターを弾いて歌っているようだった。
「あの子も、俺の担当。…てか、あの子が主担当」
長野はそう言って笑った。
「あぁやって、いつも歌ってるんだよ」
伸びやかな、綺麗な歌声。
長野はその男のところに歩いていき、
「よっちゃん」
と肩に手をおいた。するとその男はとても嬉しそうに笑った。
目を糸みたいに細めて、
「長野君だぁ」
と子供みたいな甘えた口調で言った。すると、長野のすぐ後ろにいた俺にも気づいたようで、「長野君の友達?」とニコニコして聞いてきた。
-すごく、透明な笑顔だなと思った。
「名前は?」
「坂本昌行」
すると、そいつはまた嬉しそうに笑って。
「長野君の友達ってことは、きっと、良い人なんだろうね」
長野も「もちろん」と優しく笑って。
「俺、井ノ原快彦。『井ノ原』って、呼び捨てで良いからね、坂本君」
そう言って、『井ノ原』はまた、ギターを弾いて歌いだした。
伸びやかな、優しい声だった。
長野を屋上に残して病室に戻ると、准一の周りに2人の男の子がいた。准一の同級生のようで、3人で楽しそうに話していた。
すると、2人のうちちょっと子供っぽい、可愛らしい顔をした方が、
「こんにちは」
と行儀よく俺に言った。
するともう1人の少しヤンキーっぽい顔をした方も、小さな声で
「こんちは…」
と言った。
「同じクラスの子だよ」
准一はそう言って、可愛らしい顔をした方を健、ヤンキーっぽい方を剛と紹介した。
「よろしくお願いしま~す」
健がニコニコして言うと、剛も
「よろしくお願いします、…坂本君…」
と少し恥ずかしそうに言った。
俺が意外に可愛いじゃん、と思い、笑って「よろしく」と言うと、2人もホッとしたように笑った。
俺も加わって4人で談笑していると、長野と井ノ原が病室に戻ってきた。
井ノ原は俺を見ると、ニコニコして歩いてきた。そして、あとの3人にも、ニッコリと笑った。
「新しい患者さん?」
井ノ原は准一に聞いた。
「はい。まーくんの弟の…」
ペシッ。
『まーくん』なんて恥ずかしいあだ名言われて、准一を軽く叩いた。すると井ノ原が笑った。
「『まーくん』って言われてるんだ?」
「…」
俺が黙っていると、井ノ原はまた准一と話し始めた。
「准一君かぁ。どのくらいいるの?」
「二ヶ月くらい、かな」
「そっか☆よろしくね!」
そして井ノ原は剛や健とも楽しそうにしゃべり始めた。剛も健も准一も、まるでずっと前から友達だったかのように笑っていた。
長野は、俺の隣で井ノ原達を優しい微笑みで見ていた。
こんなに笑ってるのに。
こんなにしゃべってるのに。
-コイツも、病気抱えてるんだよな。
改めて見るとわかる、井ノ原の病状。
標準より細い、身体。
少し蒼白い、顔色。
なんて病気かは知らないけど。
きっと大変な病気なんだろうな。入院生活長いみたいだし。
なのに笑ってる。
なんでもないかのように。
今日初めて会ったばっかりだけど。
---------ガンバレ、井ノ原。
ずっとずっと、その笑顔見せてくれよ。