歩いていれば、嫌でも耳に響く、蝉の大合唱。
ふと遠くを見ると、むんむんと揺れる、陽炎。
「あの日もこんなだったよね」
健が、懐かしそうに呟く。
そうだね、と皆も頷く。
一番嬉しくて、一番悲しかった、10年前の今日。
あいつは来るだろうか。
10年前、6人でした約束。
覚えているだろうか。
約束。
「うわぁ~ 懐かしい!」
長野が、にっこり笑って学校を見つめる。
「全然変わらんなぁ」
10年と変わらない関西弁で、話す岡田。
外見は少し古くなったけど、内装は全く変わっていない。
匂いも、優しいまま。
俺と、長野と、剛、健、岡田は、6人でした約束を果たすため、母校の月見高校に来ていた。
来校リストに名前を書いて、職員室に行ってみる。
中を覗くと、ちょっと老けた、懐かしい顔を見つけた。
「うっそ、あのおばちゃんまだいるの!?」
10年以上いるよね、と剛は笑って。
長野は行くよ、と俺たちに目配せをし、ドアをガラガラと開けた。
「失礼します、あの、僕たちこの学校の卒業生なんですが…」
「あらぁっっ!!」
長野が話し終わらないうちに、1人の女性が歓喜の声をあげ、走り寄ってきた。
「あなたたち、もしかして男子バレー部の最後の部員だった子?!」
間違いない、この明るくせかせかと話すこの人は、"おばちゃん"だ。
「そうだよ!おばちゃーんっ!」
健ははしゃいで、おばちゃんに抱き着いた。
途端集まる、先生たちの驚いた視線。
おばちゃんはあちゃー、と舌を出し、俺たちと職員室の外に出て、ドアを閉めた。
「懐かしいわね、もう何年ぶりかしら?」
「もう10年ですかね」
「あらまぁ~男らしくなって!」
答える俺に、また歓喜の声をあげるおばちゃん。
「今日は、記念日ですから」
長野が言うと、おばちゃんは少し切ない顔をして。
「…そう、もうあれから10年も経ったのね」
ぽつり、と言って。
「じゃあ、屋上に行きましょう!」
明るく笑って、鍵を取り出し。
俺たちは、屋上に向かった。
「ぅ、わぁあ~~変わらないなぁ~!」
屋上から街を見下ろして、健は楽しそうに叫んだ。
ずっと居た、海辺のこの街。
俺たちは昼休み、いつも屋上に行って、過ごしていた。
そして部活が終わった後には、海に行って制服を濡らした。
6人で、ずっと。
「…みんなー、こっち来てみぃ」
海を見つめていた俺たちに、岡田が階に続く階段の前で呼んだ。
俺たちが行くと、岡田は削られた壁を指差し笑った。
「これ、6人で書いたイニシャル。消えてないんやな」
MS、HN、YI、GM、KM、JO…。
「6人で書いたのね」
おばちゃんが、微笑んで言った。
あぁ、これは。
10年前の今日、試合が終わった後書いたんだ。
「…井ノ原くん、来ないのかな」
剛が呟いて。
「10年後ここで会おう、って言ったの井ノ原くんなのに」
忘れるはず、ないのに。
健が言った。
「あっちぃ~…」
平均気温25度越えの、真夏。
冷房のない体育館は、さらに熱気で包まれる。
水をごくごくと飲んでうなだれる5人に、俺はボールを渡しながら声をかけた。
「ほら、練習始めるぞ」
10年前、高校3年生の頃。
俺たち月見高校の男子バレー部は、最後の試合に向けて猛練習をしていた。
月見高校初の、県大会優勝に向けて。
月見高校男子バレー部は、今まで1度も優勝を経験したことがなかった。地区3位や2位でぎりぎり県大会に出場したことはあるものの、県大会では1回戦負け。
目標は、県大会優勝、全国大会出場。
バレー部員は、俺(坂本)、長野、井ノ原、剛、健、岡田の6人。全員今年卒業で、バレー部も今年で廃部する。
ぎりぎりの人数でも練習を重ねて県大会準優勝まで上り詰め、一週間後には決勝戦を控えていた。
「みんな頑張ってるわねぇ~♪ ちゃんと水分補給するのよぉ」
コーチは月見高の古文の教師、馬場先生。通称、おばちゃん。
むかーしの海市高の卒業生で、女子バレー部で全国大会優勝までしたらしい。
「もう教えることは全部教えた」
とか言って、最近は緩くマネージャー的なことをしている。
もちろん、間違ったプレーをすれば怒鳴られたり、徹底的に扱かれたりもする。
俺たちは、そんなコーチを心から信頼していた。
「決勝戦て、隣の市の竜神高っしょ?」
「うん、めっちゃ強ぇんだよなぁ」
「うわー怖ぇなぁ」
休憩で出る、相手校の話。
竜神高校は、昔から勝つことのできなかった強豪高校。
しかし、最近は月見高校も竜神高校に相当するレベルまで上がっきた。
試合をする前から弱音を吐く井ノ原と剛に、俺と長野は呆れて言った。
「まだ負けてもいねぇのに、変なこと言うんじゃねぇよ」
「そうだよ。それに俺たちだって、竜神高校の相手になれるくらい強いんだから。そんなに差は無いよ」
気持ちで負けちゃ試合でも勝てないよ。
長野は優しくだがキッパリと言った。
確かに、竜神高校は未だ勝てたことがない、強い高校だった。
しかし、月見高校だって相当な練習を重ね、何校のバレー部も破ってきたのだ。
井ノ原たちは気づいていないだろうが、周りの多くの人が、試合を楽しみにしている。
「接戦になるに違いない」
と、皆心を震わせているのだ。
俺たちは円陣を組んで気合いを入れ直し、さらに練習を続けた。
そして、一週間後。
「…6人揃えばマジヤバい! 行くぞぉっ!!」
『オー!!!』
いつもより力強く、円陣を組んで。
試合は、始まった。
本当に接戦だった。点を奪えば奪い返され、奪われれば奪い返しの繰り返しだった。
既に5セットを過ぎ、お互い疲れ切っていた。
最後の、1点。
俺たちがもう1点取れば、勝ち。
ボールは、俺たちから。
流れる汗。
速まる鼓動。
長野が投げられたボールは、綺麗に弧を描き、竜神高校のコートに飛んでいく。
竜神高校はスパイクをしないまま、こちらにボールをまわした。
チャンスだ。
「剛! 来た!」
「岡田!」
「坂本くん、行けっ!!」
勝て!!!
月見高校応援、おばちゃん、俺たちの想いが、一つになって。
俺がたたき落としたボールは、竜神高校の手が着かず、
------竜神高コート内に、着地した。
ピーーーー!!!
わぁぁぁああああ!!
「さ…坂本くん…」
健が、震える声で俺を呼んで、
振り向けば。
大きな歓声と、共に。
5人が勢いよくしがみついてきた。
「さっ坂本くんっ! 勝った! 勝ったんだ!」
井ノ原は目に涙を浮かべながら声を上げて。
長野や剛たちも、ギュウッと抱き着いてきて。
笑顔で拍手をする月見高校応援の人達を見て。
「勝った…のか」
やっと実感した。
見れば、隣のコートで膝をついている竜神高校の選手たちがいて。
みるみる涙が溢れてきて、代わりにギュウッと5人を抱き寄せた。
すぐにおばちゃんも駆け付けてきて。
ぐしゃぐしゃに俺たちの頭を撫でて、抱き寄せた。
あぁ、これが。
汗と涙の結晶なのだと、感じられた。
県大会、優勝。
俺たちは、全国大会出場の切符を手にした。
…はずだった。
試合が終わった後は、学校に戻って、井ノ原の提案で屋上にイニシャルを彫った。
そして、海で走り回って、騒いで。
おばちゃんも一緒に、よく行ってたラーメン屋で打ち上げをした。
それは、夜の9時くらいまで続いて。
また明日、と俺たちは別れた。
全国大会出場切符を、どこかに落として。