2.心の傷
Side:昌行
仕事の途中で、先輩に警察から電話だぞ、と言われて、正直焦った。
先輩には「お前何かやったのかぁ?」とふざけ半分に言われて、「やってないですよ」と笑っておいたけど。
もちろん俺が何かをした訳では無い。
警察から電話なんて、家族に何かあったのか、と不安だった。
そして、電話をとると。
『…もしもし、坂本昌行さんですか?』
「…はい」
『こちら東京都○○警察署なんですけれども-------------』
話を聞いて、頭が真っ白になった。
------------父さんと母さんが、殺された。
そして。
快彦は、警察で取り調べを受けていると。
なんでも、近所から通報を受けて家に行ったら、ナイフを握って座り込んでいたのが快彦だったとかで。
でも快彦は何も話さないって。
ずっとぼーっとした様子で、何を聞いても反応しない、と。
快彦が…。
両親を殺した?
そんな訳…
そんな訳、ないじゃないか。
俺はすぐに、警察に向かうと伝えた。
出張とは言っても、都内だったから。
先輩たちに事情を話して、タクシーに飛び乗った。
信号で止まるのももどかしかった。
早く、快彦に会わなきゃ。
それだけを考えていた。
警察署に走り込むと、担当者らしき人が駆け寄ってきた。
「坂本昌行さん…ですね?」
「はいっ」
「こちらです」
その人は早足で中に案内しくれた。
「取り調べ室A」と書かれたドアの前で、その人は止まった。
そしてドアをノックし、また別の担当者が出てきた。
「あぁ、あなたが昌行さん…」
「弟は?」
俺は焦燥が抑えられなかった。
「待って下さい、落ち着いて下さい。弟さん、快彦くんは、中にいます」
「早く会わせて下さいっ!」
「はい、わかっています、でもこれはわかっておいて下さい。」
「何ですか?」
担当者はフッと一息をついて、言った。
「快彦くんには、両親を殺害した疑いがあります」
どうぞ、と担当者はドアを開けた。
中に入ると。
こちらを向いた椅子に、小さく俯いている、快彦がいた。
「快彦…っ」
俺が快彦の横にしゃがみ、快彦の顔を覗くと。
まるで無表情だった快彦が、俺の顔を見て、目を見開いた。
「あ…あ にき…」
覚束ない口調で、俺に言った。
「あに、き……。たすけ、て……」
快彦は椅子から降りてしゃがみ込み、俺の腕に縋り付いた。
「よ、快彦…?」
「あっあにきっ…! 助けてっ!! あ゙ぅっ あにきっ…!!!」
「快彦っ…?!」
「ゔぅ゙っ、あにきっ!」
「快彦っ!!!」
明らかに様子がおかしかった。
身体を異常な程震わせ、肩で息をし、何度も「あにき」と叫んだ。
そして。
「……快彦? ……快彦っっ!!?」
俺の腕に顔を埋め、快彦は気を失っていた。
何度名前を呼んでも、快彦は苦しそうな表情のまま、目を覚まさなかった。
流石に担当者も「おかしい」と言って、快彦は警察病院に運ばれた。
俺は何もかも突然過ぎて、頭がグチャグチャになっていた。
「坂本…快彦くん」
「はい」
快彦は病院に運ばれ、点滴を受け眠っていた。
俺はその隣で、医者から快彦の身体の話を聞いていた。
「快彦くん…は。精神的に強いショックを受けているようですね、事件のことで。身体には異常はないですが…。これからもこういう発作が起きる可能性が高いですね」
俺は少し焦った。
「え、どういう…」
「つまり、簡単に言えば快彦くんは心の病気にかかっているみたいなんです」
「…はぁ」
「事件のときの情景がフラッシュバックしたり、事件と関係のある人やモノを見たり聞くと、パニックを起こしてしまう」
信じたくない内容だった。
「あともう1つ」
「はい」
「快彦くんは、事件のショックで心の成長が止まっています」
「…は?」
意味がわからなかった。
「快彦くんの心は、16歳で止まっている。もしかしたらもっと幼くなっているかもしれない。
--いつ治るかはわかりません。すぐに治るかもしれないし、これからずっと16歳のままかもしれない。」
思わず眠っている快彦を見た。
取り調べ室での快彦の言動。
自分を「兄貴」と呼ぶ声。
まるで小さな子供に呼ばれているような感覚だった。
「…これから僕は、どうすればいいんでしょうか」
身体の奥から振り絞った声は、とても掠れていた。
医者は、ハァ、と小さく溜息をついて。
「とにかく、今日のような発作が起きた時のために、精神安定剤を渡しておきます。でも、本当に発作が治まらない時だけ使って下さい。あまり使うと、中毒や病状の悪化にも繋がり兼ねません。…できるだけ、お兄さんが治まらせてあげて下さい」
俺は小さく頷いた。
医者は俺頷くのを見ると、安心したように微笑み、視線を快彦に移した。
すると
「…快彦くん?」
快彦の瞼がピクピクと動いて、
快彦が、ゆっくりと目を開けた。
「…快彦?」
快彦は、ゆっくりと目線をこちらに向けて。
「…ぁ、にき……」
掠れる声で、俺のことを呼んだ。
「快彦、大丈夫か?」
快彦はゆっくり頷いた。
「…ここ、どこ…?」
快彦が少し不安そうな顔をすると、医者が優しく言った。
「病院だよ、快彦くん」
快彦はまだ不安そうな顔をしていたが、俺が「大丈夫」と言って微笑むと、安心したようにふわっと笑った。
すると、ガチャッとドアを開ける音ともに。
「坂本さん、快彦くんはもう大丈夫ですか」
部屋の外で待っていた警察官2人が、遠慮なく入って来た。
「取り調べを再開したいのですが」
警察官2人は、何の躊躇いもなく言った。
「再開って…。快彦は今目が覚めたばかりなんですよ?」
「快彦くん、大丈夫かな?」
警察官は俺を気にせず快彦に固い笑顔を向けた。
快彦は一瞬怯えるような顔をして、俯いたが、「大丈夫です」と小さな声で言った。
「まぁー点滴も終わったし、無理しない程度に話してあげれば大丈夫じゃないですか」
医者も同意してしまったので、俺は何も言えなくなり、俺と快彦は取り調べに戻ることになった。