第16話
「快兄」
夜、快彦が部屋で宿題をしていると、剛がそっとドアを開けた。
「今日の、6時間目のこと、さぁ……」
剛が恐る恐る言うと、快彦はバッと振り向いた。
剛はビクッと肩を竦めたが、話を続けた。
「なんで、…あんなことに、なってたの?」
剛はショックだった。
男子に囲まれて、蹴られ続けていた快彦。
「早く行け」と、見たことのない顔をして怒鳴った快彦。
知らない快彦ばかりで、とても焦った。
「快兄」
快彦は剛を見たまま黙っていて、何も言わなかった。
「なんで、あんなことになってたの?」
またしばらくの沈黙。
「……知らなくていい」
やっと発せられた快彦の言葉は、冷たいものだった。
「……快兄、イジメられてるの?」
剛が言い返すと、快彦は目を見開き立ち上がった。
「煩い! 早く部屋から出ろよ!」
快彦は怒鳴り、剛を部屋から引っ張り出した。
「もう入ってくるな」と吐き捨て、快彦は勢いよくドアを閉めた。
剛は呆然とした。
「……快…兄」
剛の目から涙があふれ、剛は廊下で泣き出した。
すると、快彦の怒鳴り声を聞き部屋から健が走り出てきた。
健は剛を見ると、焦って剛に近づいた。
「…剛? どうして泣いてるの?」
健はそっと剛の背中を撫でた。
「ぅぅっ…快兄にっ…イジメられてるの、なんでって、聞いたらっ…快兄っ…『うるさい』って…怒られちゃったぁっ……」
剛が泣きながら言うと、健も一瞬泣きそうな顔をしたが、それを堪え、健は優しく剛の背中を撫で続けた。
「はぁ~…」
快彦はダンッと机に拳を置いた。
弟にまで心配をかけるなんて、と、とても恥ずかしくなった。
しかも剛にあんなに酷いこと言って。言ってから後悔した。
頭がグチャグチャだった。
次の日の放課後。
先生が、快彦を会議室に呼び出した。
快彦は行きたくなかったが、しぶしぶ会議室に向かった。
ドアを開けると、先生は快彦を席に座らせて、フゥ…と1つ息を吐き言った。
「…坂本に、聞きたいことがあるんだが」
快彦は、黙って聞いていた。
「学校、楽しいか?」
快彦はハッと先生の顔を見た。
「最近、楽しいか?」
「……なんで、そんなこと」
快彦は不安そうに先生を見た。
すると、先生は重そうに口を開いた。
「…松岡が、昨日電話してきたんだよ」
昨日の夜、先生が出張から学校に戻ると、学校に松岡から電話があったのだ。
内容は、快彦がイジメられているという話だった。
『先生っ…、俺、ヨシの友達なのにっ…。ヨシを、独りにしてっ…。なんもっ、何にもできなくてっ…。
皆に合わせて給食食べなかったりっ…ヨシをハメたりっ…。俺っ最低だっ……』
「松岡は、泣いていたよ」
快彦は、胸が痛くなった。
嬉しかった。
松岡は、自分のことを、必要としてくれている。
.........無くなりなんか、しない。
「坂本」
「…はい」
先生は申し訳なさそうに言った。
「ずっと気づかなくて、すまなかった。…忘れ物が多かったり、集金を盗ったのは、坂本じゃないんだな」
「……はい」
快彦は、力強く答えた。
すると、先生は言った。
「皆に話しても良いか? このこと」
快彦は少し躊躇ったが、これで全部終わるのならと、「はい」と答えた。